2013年度

★期間    2013年7月中旬

★場所    宮城県石巻市雄勝町

★活動    小学校再建プロジェクト

桑浜小学校

現地で活動しているsweet treat311さんが中心となって行われていた旧桑浜小学校再建のお手伝いをさせて頂きました。主に、小学校周辺の草刈や学校の裏山から校内へ流れてきた土砂をかき出す作業を行いました。

雄勝は、元々雨が多い地域なので、作業中も雨が時々降ったり止んだりの繰り返しでした。特に、雨水を含んだ泥かき作業は、大変で体力的にも限界を超えそうになりましたが、その時に他のボランティアの人たちの掛け声で何度も乗り越えれました。

この日は、約100人ぐらいのボランティアが全国から駆け付けており、この日がほぼ全員が初めての顔合わせでしたが、作業を始めた途端に力を合わせて進んでいく様子を見て、改めてボランティアが持つ力の凄さを知りました。

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★期間    2013年9月上旬

★場所    宮城県石巻市雄勝町

宮城県東松島市月浜

★活動    足湯ボランティア・ミサンガ体験

私たちの活動を本格的に始めたのは、この時期でした。

雄勝診療所の小倉先生(現在は、異動されています)にカウンターパートナーになっていただき、活動をさせていただきました。

初めは、現地の人たちに私たちのことを知ってもらおうと、足湯を始めました。

     

  

  

初めは、中々誰も足を運んでくれなかったのですが、診療所で待っている方々に話し掛けに行くと数人来て下さり、足湯の後はお茶会をして、震災の話、生活の話などを語っていただきました。震災の話を、向こうの人から話してくれるとは思わなかったのですが、伝えたいという気持ちで話して下さる姿を見て、私たちはこの話を忘れてはいけないと強く思いました。

また、雄勝では高齢者の町です。ほとんどの住民が後期高齢者であり、この問題は震災後さらに加速しています。話を聞いているときも、時々今の生活や今後の生活、娘息子夫婦、孫などの日常生活で悩んでいることなどをおしゃっており、震災だけではなく、今後の生活に対しての不満や不安がさらに深刻になっていることを知りました。

足湯の活動以外にも、お茶会の中で教えて頂いたマザーミサンガがある名振に訪れました。

   

名振地区で活動しているマザーミサンガは、震災後に出来た団体で、震災で何もかも失った中で、何か自分たちが出来ることは何かと動き出したのが、始まりだそうです。ミサンガの糸は、漁業の補修に使う糸を染めているものです。ミサンガの本来の意味は、糸が切れたときに願いが叶うと言われていますが、このミサンガは切れにくい糸を使っています。それは、ボランティアで出会った人たちと縁が切れないようにという気持ちが込めているからだそうです。一つ一つデザインが違っており、その時期に流行ったカラーやデザインなどが入っており、とても綺麗です。マザーミサンガの人たちは、漁業に仕事もあるため、仕事の合間などに作っているそうです。ミサンガの体験では、一対一で教えていただきました。教えて頂くときは、ミサンガのことはもちろんですが、雄勝のこと、震災のことをとても熱心にお話していただき、ミサンガのお蔭で地元の人たちと距離が少し近くなったのではないかと思います。

3日目には、東松島にある月浜地区に行きました。これも、また7月に雄勝に行ったときのご縁で知り合った人の紹介で、月浜にある公民館で足湯をさせていただきました。

  

    

  

ここでは、たまたま同じ時期に来ていた高校の後輩が立ち上げたボランティア団体が来ていました。これまた不思議な縁で、高校の時にボランティア部の部長と副部長の関係で、お互い違う団体を立ち上げ、同じ場所でボランティアをしていることに、とても驚きました。世界って狭いですね笑

ここでも、足湯を通じて交流を深めようと始めました。足湯には、後輩のボランティア団体にも手伝ってもらい、地元の人たちやボランティア団体の人たちと一緒に交流ができました。月浜地区でも、津波の被害を受けており、町の8割以上が壊滅していまい、私たちが見た光景は以前、多くの家や店が並んでいたという話を聞いたときは、ただ何も言えず聞くことしか出来ませんでした。防波堤の役割をするはずの松の林も津波で流されてしまったときは、住民の人たちもただ茫然と流されていく様子を見ているだけだとおっしゃっており、当時の様子を詳しく教えていただいたときは、言葉を重く受け取ることで精一杯でした。

この活動では、様々な人の話をお聞きし、今抱えている問題が少しずつ分かるようになってきました。また、その問題を住民たちの力でどうかしようとしていることも知り、私たちもこの問題が少しでも解決できる手助けが出来るのなら、出来るところまでやろうと思い、活動が出来るように頑張っていこうと思いました。

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★期間 2013 年11月下旬

★場所    宮城県石巻市雄勝町

宮城県東松島市月浜

★活動    足湯ボランティア・漁業

3回目のボランティアでは、違うメンバーと共に行ってきました。

今回のボランティアは、特別に雄勝で被災された方のお話を聞くことが出来ました。現在は、石巻の仮設住宅で住まれている方なのですが、私たちのためにわざわざ雄勝まで来て下さり、当時の様子を案内しながら語ってくれました。

津波が来たのは、地震が起きた後すぐではなく、かなり遅かったそうです。住民たちは家の片付けをしていたときに津波に襲われ、流されてしまったそうです。この方は、もしかしたら津波が来るかもしれないから、山へ逃げていたそうで、助かったとおっしゃっていました。

私は、災害が起こった時のとっさの判断で、生死を分けてしまうことをお話を通じて知り、その判断を付けるには、災害の怖さを事前に学んでおくことの大切だと改めて学びました。自分は、大きな災害に直面したことはありませんが、将来直面したときに、被害を最小限に抑えるためには今まで語り継がれてきたとこを活かしていくのが、自分の使命でもあると思いました。

残りの約3日間は、午前中は漁業のお手伝いをしました。私はワカメの種付けのお手伝いをしました。水が冷たすぎて、手袋をしていても手が凍りそうなぐらい冷たく、普段スーパーとかで買っているワカメがこのように作られていると知り、感謝をしないといけないなと思いました。

男の人は、主に早朝に行います。ホタテの荷卸しやホタテの種付けを行いました。早朝の3時~朝7時まで行います。早朝の仕事がないときは、漁船で使う道具を洗ったり、清掃作業を行いました。ちなみに、早朝の仕事が終わった後に食べた漁師飯はとても絶品だそうです。

3日目に東松島地区の月浜に足湯をしに行ってきました。

  

前もって宣伝するはずだったチラシの発送が遅くなってしまったのですが、呼びかけをしに周りんい行くと、たくさんの人たちが集まってくれました。足湯の後の茶話会でも、たくさんの人たちと将来のことや家族の話、仕事の話をしながら楽しい一時を過ごしました。そこで、東松島にある唯一の海苔工場のことを教えて下さいました。この工場は、津波で流されてしまい、生産が不可能となっていたのですが、住民の人たちがもう一度立ち直そうと何人かで負担して、海苔工場(月光)を再開させたそうです。

こちらが奥松島月光海苔生産グループのHPのURLです。↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

http://gekkoh7.jp/

試食をさせて頂いたのですが、とても絶品だったので、全員買って帰りました。(笑) 買ってもまた食べたくなる味で、東松島に行ったら買いたくなる美味しさです。

今回は、足湯をする時間があまりなく、住民の人たちと交流する機会が少なかったですが、漁業のお手伝いで少しでも役に立てたのかなと思いました。長い期間ではなかったですが、漁業を通して漁師の方々と交流ができ、それがまた新たな出会いを生み、少しずつ大きくなってきていることを感じました。小さい町なので、私たちの活動も継続していくことができれば、住民たちに寄り添ったボランティアが出来るのではないかと考えながら、継続していきます。

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★期間 2014年3月下旬

★場所    宮城県石巻市雄勝町

★活動      ミサンガ体験・漁業

今回は、神戸学院大学の社会貢献学会から支援を頂き、ボランティアバスに20名乗せて雄勝に行きました。

20人は多いので、10人ずつのグループに分かれてAグループは漁業のお手伝いをしに行きました。Bグループは名振のマザーミサンガのところでお世話になりました。そこでは、たこ焼きを作り、お昼を一緒に食べ、ミサンガを教えて頂きました。

    

  

たこ焼き器が温まることに時間が掛かり、初めはバタバタしましたが、作って食べてもらったときに美味しいと言って下さり、喜んで頂けました。たこ焼きの後は、各グループに分かれて、ミサンガを教えて頂きました。ミサンガを作ったことがある人が数人いて、そこ人たちは少し難しい編み方を教えてもらっていました。

次の日は、土砂降りの雨でしたが、小屋の中で漁業のお手伝いをしました。

  

女性は、ワカメの茎と葉を分ける作業を行いました。話しながらするのかなと思っていたら、全員黙々と作業をしていたのに、すこし驚きました。時々飛んでくる塩が目に入ったりしますが、時間が来るまでワカメを分ける作業をしました。

  

男性は、別の場所で漁業で使う補修糸をまた使えるようにする作業を行っていました。男性も、黙々と作業をしており、時々漁師の人たちが声かけて頂き、徐々に会話をしながら作業をしていました。

全員、漁業のお手伝いをしたことがないので、いい経験になったのではないかなと思います。漁業の人たちも、毎年これぐらいの人数がお手伝いに来てほしいとおっしゃっていたので、少しずつその要望を受け入れていけたらいいなと考えています。

その後、11月に語り部をして下さった方にまたお越し頂き、震災のお話をバスで移動しながら教えて頂きました。私は、何度も聞いていますが、毎回心に残るお話で、毎回忘れてはいけないと思いながらお聞きしました。

その後、みんなで石巻に行きました。

ボランティアバスで帰ってきたときに、機会があればまた雄勝の漁業をお手伝いをしたいと言っており、そんな気持ちを持った若者が被災地に行って何かできるようなきっかけ作りも私たちが出来るようにしていきたいなと思いました。